新しい婦人の職場と任務
――明日の婦人へ――

宮本百合子

新しい婦人の職場と任務
――明日の婦人へ――書籍情報

底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「婦人公論」
   1937(昭和12)年12月号
入力:柴田卓治
校正:米田進

新しい婦人の職場と任務
――明日の婦人へ―― 7

宮本百合子

 賃銀さえ男と同じになれば婦人労働者の生活が幸福となり、内容において高まると観るのはもちろん皮相でもあるし、非現実的である。けれども、婦人が自身の性の本然と勤労の必要との間で板挾みにあっている今日の苦しさは、女という性によって働き仲間である男さえ大部分の者はまだ彼女たちを補助的なものとして見るのに、企業はきわめてリアリスティックにやすくて従順な労働力としての点から婦人を扱っているという実際の有様である。補助的なものという先入観で見られつつ現実にはその収入で一家を支えてゆかなければならない世帯主であるところに、異常な苦しみを負わされているのである。
 銃後の力としての女の労働力は、決して貴方が七分、私が三分的な和気あいあい的なものではない。その労作の面で課せられる仕事の実質は、大の男を瞠若(どうじゃく)たらしめるだけのものなのである。科学主義工業の提唱者は、おおうところなく明言している。例外なしに、農村の子女に適当な機械と設備とをあてがえば熟練の大衆化によって、数日にして「大の男の熟練工と同じ程度の熟練さを習得するのである」と。男の補助ではなく、男の代るものとして、婦人の労働力は計算されている。産業の合理化で男の労働者数は減少して行っている時になお、女の数は少しずつながら増大の線をたどって来ていることは女の労力が男に代り得て、しかもやすいという事実を雄弁に語っているのではなくて、何であろう。